この記事は、
西郷どん 第4話「新しき藩主」感想・実況の3ページ目です。

※これまでの感想・実況まとめは、コチラ → 西郷どん感想まとめ

赤山の切腹

白の死に装束に身を包んだ赤山靱負。
吉之助や、島津歳貞が立ち会う。

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赤山は切腹のために設えた畳に登ると、
迷いなく言った。

「吉兵衛、いざ」

自ら腹を切る赤山。
吉兵衛が続く。

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その一部始終を見届けた吉之助は真っ白になった。
茫然自失。

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吉兵衛が持ってきた赤山の死装束。
しばらくして、やっと死装束につい鮮血が色をもって浮かび上がった。

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それを見た吉之助は怒りがこみ上げた。

「あん妾決して許せんど!」

立ち上がる吉之助を吉兵衛が必死で止めた。

「赤山様のお志をむげにすっとか!」
「我慢じゃ吉之助!」

赤山の死装束を抱き、泣き崩れることしか出来ない吉之助だった。

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名前はまだ決まらない
@namaehamada_nai
特に突っ込むことがないと思いこの15分見てきたけどここへ着てスーパー麗しい切腹所作きた!!

  

2018-01-28 20:16:15

ぬえ
@yosinotennin
死を前にして明るく穏やかに笑い、教え子達と酒を酌み交わす。介錯を信頼できる人に頼む。靱負先生、見事命を使いきられた…

  

2018-01-28 20:16:39

坂本龍馬
@historical_per
今年最初の大河ロスは『赤山ロス』…

  

2018-01-28 20:17:46

heikayuuji
@heikayuuji
モノクロからカラーに戻る心象の演出が素晴らしいです。

  

2018-01-28 20:19:06

かな ドラマ鑑賞アカ
@kanadorama
この石垣と生垣の美しい道は知覧かな。本当に美しい街並みです。鹿児島の学生の遠足は知覧の町歩きと、特攻記念館でみんな無口になるまでがワンセット。

  

2018-01-28 20:20:11

酒上小琴【サケノウエノコゴト】
@raizou5th
赤山靱負の切腹で介錯を依頼された西郷吉兵衛は、靭負の血染めの帷子を譲り受けて吉之助に渡し、その時の様子を伝えたとされる。しかし、この介錯については薩摩藩の加藤新平という剣の使い手が行ったともいわれ、実際はよく分からない。

  

2018-01-28 20:18:33

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吉兵衛の送り出し

赤山の死は、江戸の斉彬にも報せが届いた。
そして、その後も斉興の粛清は続いた。

とうとう処罰は大久保家にも及び、
次右衛門には喜界島へ島流しとなる命令が下った。


次右衛門が連行される当日。
町の人々が見送りに集まった。

そんな中、吉兵衛が唐突なことを言い出した。

「待たんか!こんやっせんぼが」
「今日こそ決着つけっど!」

そう言って、家の庭へ引っ張りこみ相撲を取ったのだ。

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男と男の真剣勝負。一進一退の攻防。
その結果、見事に次右衛門が投げ飛ばし勝利した。

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こうして、晴れ晴れとした気持ちで家を離れた。
共に郷中教育で切磋琢磨した仲間の吉兵衛らしい送り出しであった。

大久保 利通
@naimkyou926
【悲報】父上 島流し

  

2018-01-28 20:20:22

キラッとひらめかない
@tabe_zakari
とりあえず薩摩は流す島が豊富なんで喜界島から奄美大島から沖永良部島から今後も色んな島が用意されとるんやで

  

2018-01-28 20:24:46

一二三
@nunonofuku123
大久保利通の父利世は後に西郷隆盛が流される喜界島より遠い沖永良部島赴任したりしてるので、島ぐらしは慣れてる。

  

2018-01-28 20:21:55

☆るる☆
@rudopai_ruru
笑顔で送り出すための相撲。
大久保家と西郷家の絆に涙する。

  

2018-01-28 20:22:54

いとうけいすけ(フリーアナウンサー)
@ksuke813
平田満と風間杜夫が相撲を取って、松坂慶子もいて。。「キネマの天地」が聴こえてくるような大河ドラマ「西郷どん」^_^

  

2018-01-28 20:24:16

おいでよ関門
@ei__yu
西郷隆盛の育った下加治屋町には多くの英傑たちが暮らしていました。大久保利通もそのひとり。
大久保の父 次右衛門が流罪になった後、困窮した大久保は西郷の家にメシを食べに行っていたとか。同じく困窮していた西郷家ですが、黙って大久保の分も食事を出していました。

  

2018-01-28 20:23:01

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将軍の茶器

吉之助は筆を執った。
一連の粛清や薩摩の現状を江戸の斉彬に書状で伝えた。

そして結論として

「無念の思いに報いるにはあなた様に薩摩の国主になって頂くほかあいもはん」

と斉彬が藩主になることを懇願したのだった。

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年が明けると、斉興は祝辞言上のため登城し
将軍・徳川家慶に謁見した。

そこで、斉興は阿部正弘を通じ、将軍から茶器が下賜された。

茶器を確認した瞬間、斉興の表情が硬直した。

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将軍からの茶器は、隠居勧告を意味していたからだ。

「この上は安んじて斉彬殿に任せられよ」

阿部正弘は、力強く言った。

名前はまだ決まらない
@namaehamada_nai
世界のケンワタナベが血まみれの白装束手にしながら難しい顔をしてるとそれだけで世界大戦がはじまりそうな緊張感漂うのすっごい。

  

2018-01-28 20:25:51

うりみん@縮小中
@y_urimyn
斉彬と西郷どん、いつの間にかメル友になってた件

  

2018-01-28 20:27:42


@s_abagashira
どこにでも顔を出すのが大河のヒロインの定番だったけども、お手紙大作戦で次期藩主動かす大河ヒーローもなかなか 

  

2018-01-28 20:28:36

Watanabe
@nabe1975
茶器を下す=「隠居してそれで茶でも点てておれ」

  

2018-01-28 20:25:08

酒上小琴【サケノウエノコゴト】
@raizou5th
「憚りながら、上様からの下されものでござる」
島津斉興に茶器が下される。将軍家から茶器や十徳(羽織のような着物。茶の宗匠等が着た)を拝領するというのは、「今後はのんびり茶の湯でも楽しまれよ」という意味で、当主引退の勧告であった。

  

2018-01-28 20:26:16

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