西郷どん 第22話の見どころ

この記事は、西郷どん 第22話の実況・感想まとめです。

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今回は、寺田屋事件の前編という様子で、島流しから3年、京に登った吉之助の様子が描かれました。

注目は、西郷従道演じる錦戸亮さん。オープニングのキャストに名前があがると、twitterでは大騒ぎとなりました。

器が小さく放蕩な弟の役でしたが、嫌味なく愛されるキャラとして演じきりました。

また、個人的には有馬新七の増田修一朗の演技が強く印象に残りました。第22話では主役級に出番が多かった増田修一朗。彼に対するみなさんの評価は?

西郷どん 第22話の実況・感想まとめをご覧ください。

※これまでの感想・実況まとめは、コチラ → 西郷どん 感想まとめ

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西郷どん 第22話の実況と感想

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前回のあらすじ

愛加那との間に子供をもうけ、奄美で幸福の真っ只中にいた吉之助。

そんな吉之助に薩摩への召喚命令が下る。

幸福な家庭と改革への思いの間で吉之助は葛藤した。

そこで立ち上がったのが大久保一蔵(瑛太)。吉之助のハートに火をつけるべく、斉彬から授かった懐刀を贈るのだった。

かくして、吉之助は島を離れることを決め、舟に乗った。

前回:西郷どん 第21話「別れの唄」感想・実況『愛加那 vs 大久保正助(一蔵) 本妻の行方』

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久光と吉之助の不仲

大久保一蔵の尽力により吉之助は3年ぶりに奄美大島から召還される事になった。その間、井伊大老が暗殺され幕府の権威は急激に失墜。武力で幕府を倒そうとする機運が広まっていた。

そんな中、久光が進める京への出兵計画が全国の倒幕派の注目を集めていたのだった。

大久保「吉之助さぁまた名前が変わりもしたなあ」
吉之助「今度は大島三右衛門ち」
「ああ、島に3年おったで大島三右衛門じゃ」

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「ちと単純すぎたかの?」
「さあ、いよいよじゃ。国父様に拝謁致しもんそ」

一蔵は、吉之助を国父・久光に目通りさせる段取りをつけていた。

久光「島はどうじゃった?」

そう言うと、久光は挙兵の計画を吉之助に語った。

「先君斉彬公の御遺志をわしが引き継ぐ」
「薩摩の国父であるこんわしがいよいよ薩摩の精兵をもって御公儀に迫る」
「越前の松平春嶽様を大老に一橋の徳川慶喜様を公方様の後見にせよとの詔を賜り腐った政を正し世を変えるのじゃ」

ところが、吉之助は立場もわきまえず反対した。

吉之助「畏れながら申し上げもす」
「そいはちと御無理があろうかと」

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久光「ん?」
「まっこて畏れながら国父様には御無理かと存じもす」

久光「大久保こいは今何ち申した?」
「3年前のそん策謀は亡き殿がご存命でなければ実現できんもんでございもした。」
「吉之助さぁ!」

久光「お前は…」
「そいをやめろちぬかすか?」
「はい」
「なかなかにそん企てを実現すっとは容易ではございもはん。」
「じゃっでそんためにもまずは京の近衛様となじみのあるおはんが力を尽くせと言うておるのじゃ。詔さえ賜れば幕府とて…」
「そん幕府は平気で朝廷をないがしろにすっとでごわす」

久光「そげなこつできるはずがなか」
「亡き殿には幕府の中にも諸侯の中にも同志と呼べる方々が大勢おられもした」
「そうじゃ。」
「畏れながら国父様にはおられもすか?」

「一橋慶喜様松平春嶽様こんお二人に会われたこつもなかではございもはんか?」
「江戸だけではございもはん」
「国父様の出兵に共に立とうちゅう同志の他藩はいかほどございもすか?」
「畏れながら国父様は亡き殿斉彬公と違うて一度も薩摩を出たこっがございもはん」

中山「大島無礼であろう!」

久光「わしを薩摩しか知らん地ごろち申すか?」

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怒り心頭の久光。地ごろ=田舎者とバカにされたと思った。

「答えんか!わしは地ごろか?」
「国父様大島は島より戻って日も浅く…」
「世を変えるち申さるっとならまずは世を知るこつが肝要じゃち思いもす」
「下がれ」

この時から、吉之助と久光の不仲は始まったのだった。

名無し整備兵
@seibihei
「島はどうじゃった?」「酒池肉林でした」

  

2018-06-10 20:04:59

かな ドラマ鑑賞アカ
@kanadorama
斉彬様マジ愛選手権の決勝戦ファイッ

  

2018-06-10 20:06:14

いが(たろに)
@iga_iganao
おめー友達いないだろと友達のいない人に真正面から言うせごさ

  

2018-06-10 20:06:55

アロエ
@alo0e0
久光、もみあげが増えたってよ。 

  

2018-06-10 20:06:07

一二三
@nunonofuku123
西郷どん年表
1858年8月家定&斉彬死去12月西郷月照入水自殺
1859年1月西郷島流し10月島津斉興死去
1860年3月桜田門外の変9月水戸斉昭死去
1861年4月久光宗家復帰誠忠組抜擢11月和宮江戸へ
1862年2月西郷薩摩帰還5月寺田屋騒動←今ここ

  

2018-06-10 20:02:01

一二三
@nunonofuku123
島津久光は京都出兵するため、参勤交代で江戸に行きたくないので直前の1861年12月に薩摩藩邸を自作自演で焼いてそれを理由に参勤交代引き伸ばすという荒業を行う。これだけやって今更京都出兵辞めろというのはもう無理だったりする。西郷隆盛はタイミング悪い。

  

2018-06-10 20:04:57

東区の人
@Higashikunohito
ちなみに、フランス語の『ジゴロ』は、女性から金を巻き上げる男性のこと。
類義語は『スケコマシ』。ジゴロの女性版は『ジゴレット』でごわす。

  

2018-06-10 20:06:11

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