この記事は、
西郷どん 第29話「三度目の結婚」感想・実況の4ページ目です。

※これまでの感想・実況まとめは、コチラ → 西郷どん感想まとめ

吉之助のプロポーズ

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吉之助は部屋へ通され、糸と2人になった。

吉之助「昨日はすまんかった」
「糸どんの気持ちも考えんでみんなで勝手に騒いでしもて」
糸「い…いえ」

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「家の者はあんとおり寄ってたかっておいに嫁を取らせようちしちょっ」
「じゃっどんおいの妻になる人は気の毒じゃ」
「おいはまたすぐ京へ行かんにゃならん」
「いつ薩摩の家に戻ってこれるかも分からん」

「立派だと思いもす。そげな大変なお役目を吉之助さぁは一人で気張っておられもす」
「私はそげな吉之助さぁを尊敬しちょいもす」

すると、吉之助は一世一代のプロポーズをした。

「糸どんさえよければ…あん家に来てくれもはんか」
「な…ないを申されもすか!?昨日も言ったとおり私は…」

「おいも1人目の妻には離縁を告げられもした」
「2人目の妻と子は島においもす」
「そん上3人目の妻になってくれちずうずうしかこつ極まりなか」
「そいを承知の上でお願いしちょ」
「糸どんが来てくれたら家の者も喜びもす」

しかし、糸は素直になれなかった。

「何度も言わせんでくいやんせ」
「私は子が産めんで離縁されたとですよ」

「そいでもよか。そげなこつは天に任しもんそ」
「吉之助さぁは昔っから優しか。居場所のなか私を憐れんでもらってくれようちしちょっとではあいもはんか?」

「そいはちごっ!」
「おいには女子を憐れんだり女子に惚れたりしちょっ暇はなか」
「そいばかりか…いつまでこん命がもつかさえ分からん」
「糸どんじゃっで言うがおいは今とんでもなかこつをしようちしちょっ」
「日本中がひっくり返るような…」

糸「日本中がひっくり返る?」
「おいはのう民のための国っちゅうもんをつくりたか」
「みんなが腹いっぱい飯を食うて笑って生きていける国をつくりたかとじゃ」
「そんためにはどげんしてもやらねばならんこつがある」

「一蔵どんには分かってもらえんかった」
「じゃっどん糸どんならおいの志を分かってくれそうな気がして」
「一人でも分かってくれる人がいたら心強か」
「どげんな?」

熱烈に口説いた吉之助だったが、糸の答えは・・・

「すんもはん…」

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めばちこ@大倉忠義地声 毒吐きます
@VwUcg
黒木華さんて素朴だけど魅力的だよね( ´•౪•` )

  

2018-08-05 20:35:52

青禾
@kagerou3247
吉之助の偉いとこは、ちゃんと相手の意向を汲んで、自分たちでどうにも出来ない事は神頼みだねってアッサリしてるとこ。
他人のせいにはせず、ちゃんと相手の状況も考えてるのが偉い。

  

2018-08-05 20:34:41


@one_leaf1205
正直歴史的事件を描いてる回よりこういう回の方が面白い…(大河ドラマとしてどうなのかはともかく)

  

2018-08-05 20:34:39

一二三
@nunonofuku123
薩摩藩は島妻は、島の外には出せないが、子供は薩摩に呼び寄せて跡取りにすることは可能だった。
よって、(ドラマ創作だが)子供が産めなくても後に愛加那の子供は、糸が引き取り育てる可能性があった。
ていうか、普通に糸は子供生むけどね。(ネタバレ)

  

2018-08-05 20:35:54

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父の檄

家に戻ると、吉之助は糸に断られたことを報告した。
西郷家の人たちには「惚れる暇はなか」の言葉について、呆れ、笑われた。

その頃、糸の家では父が糸の気持ちを質していた。

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「西郷殿は今日旅立つそうじゃ。よかとか?」
「いいもないも…」
「おはんにはすまん事をしたちず~っと思っちょった」
「わしが決めた縁談でつらか思いをさせてしもうて」
「父上」
「今度は…今度はおはんが決めたらよか」

途中、姉が子守を命じると、父は怒鳴りつけた。

「じゃかましか!自分の子じゃっどが」

父の迫力に糸の心にも火がついた。

「糸もう二度と会えんかもしれんど」
「父上…」


出立の時間は迫っている。そこで、糸は走った。
そして、西郷家に駆け込んだ。

熊吉「糸さぁ」
糸「吉之助さぁは…?吉之助さぁは!?」
「ついさっきお発ちにないもした。あっ糸さぁ!」

熊吉の答えを聞くよりも早く糸は再び走りだした。

そして、遂に橋の上で吉之助に追いついた。

吉之助「糸どん?」
「どげんした?」
糸「死んだらやっせん」
「待っちょいもす」
「あん家でお帰りを待っちょいもす」

そして、糸は明言した。

「西郷吉之助の妻として新しか国を一緒に見たか!」
「糸どん」
「ふつつか者じゃっどんよろしくお願い致しもす」

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「あいがとう」
「あいがとな糸どん」
「ほいなら…」
「行ってくっでな」
「はい」

京へ向かった吉之助の背中に向けて糸は声をかけた。

「西郷吉之助!」
「チェスト気張れ~!」

せごどん
@segodon2018
おめでとう!!
おめでとう㊗️お二人!!
😭😆🤣

  

2018-08-05 20:42:35

chiezo
@chiezojp
今日のヒーローは、兄嫁を一喝した糸パパって事で。

  

2018-08-05 20:40:43

蒼兎
@manea31
吉之助さぁの一番の大恋愛って月照様なのでは?

  

2018-08-05 20:38:08


@yoshitsuyo
大事な話は橋やな!

  

2018-08-05 20:41:36

ゴン太@時雨が戦国武将になったようです
@Gonta_Lineiden
西郷どんはもうあれだな、政治向きの話をカットして延々と西郷の私生活を描いた方が面白かったんではあるまいか・・・

  

2018-08-05 20:42:30

まりもっこり
@marimokkori2005
いとどん、良かったね~

  

2018-08-05 20:43:23

u
@urako0924
久々に安心できる「今宵はここらでよかろかい」だわ

  

2018-08-05 20:43:34

an_shida
@an_shida
決め台詞を取られた西田敏行も
チェスト! 気張れ~!

  

2018-08-05 20:42:52

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西郷どん 第29話「三度目の結婚」感想

いが(たろに)
@iga_iganao
【今日の回のまとめ】その時歴史は一ミリも動いていない

  

2018-08-05 20:52:02

一二三
@nunonofuku123
なんか糸と恋愛結婚な感じなので変になっているが
史実的には、
西郷隆盛は愛加那と結婚し、子供できるが島妻は薩摩につれてこれないが子供は連れてこれる。
→長州征伐から薩摩に帰ってきた二週間で、小松帯刀が糸と西郷隆盛を見合い結婚させる。

  

2018-08-05 20:42:49

一二三
@nunonofuku123
島津久光が養子に入った、重富島津家は徳川御三家と同じく、本家に跡継ぎがいない時に藩主になれる島津四家の筆頭。
だから、養子になったとはいえ、家格的には島津本家に次ぐものでかなり高い地位。

  

2018-08-05 20:43:14

red-arima
@rorann1
久光は実権を失った明治のあと、歴史学者として、独自解釈で歴史書を作るというものすごい功績を残していたりします。 

  

2018-08-05 20:45:18

かな ドラマ鑑賞アカ
@kanadorama
結婚というか、ヘッドハンティングと就職という感じでしたなー。社風に合って既存のスタッフと上手くやれるひと求むっていう。

  

2018-08-05 20:47:28

町田 明広
@machi82175302
「西郷どん」29回目を拝見!本日は第1次長州征伐後、鹿児島に戻った西郷とイトさんのラブロマンスが描かれました。また、長州藩と連携し、諸藩連合で幕府に圧力をかけ、いずれ倒幕に持ち込もうという西郷と、それに与みできない大久保との葛藤が描かれました (^^) 

  

2018-08-05 20:46:17

町田 明広
@machi82175302
まずは、鹿児島に戻った西郷を追っていこう。第一次長州征伐を非開戦とし、官軍の撤退を実現した西郷隆盛は、元治2年(1865、慶応元年に4月7日改元)1月15日に鹿児島に帰藩した。早速同日、西郷は登城して島津久光・忠義(茂久)父子に謁見した。

  

2018-08-05 20:47:03

町田 明広
@machi82175302
西郷は第一次長州征伐の報告を久光にし、感状と拵刀を拝領する栄誉を受けた。西郷は久光によって、初めて評価されたわけだが、達成感よりも安堵感の方が上回っていたかも知れない。ドラマでは茂久が言葉をかけていたが、どうだろうか。。

  

2018-08-05 20:47:28

町田 明広
@machi82175302
さらに、西郷に慶事が続く。1月28日、岩山直温の次女イトと結婚している。西郷37歳、イト21歳であった。ドラマでは幼馴染の設定だが、実際は西郷が16歳も年上である。ところで、新婚生活はわずかで、西郷は村田新八・坂木六郎と2月6日に鹿児島を後にした。

  

2018-08-05 20:48:12

町田 明広
@machi82175302
西郷は大宰府経由で3月5日には博多を立ち、11日に上京した。そもそも大久保の周旋を援護射撃するための上京が企図されたが、博多の吉井友実より五卿が約束と違って罪人同様に極めて冷遇されているとの報告があったこれを踏まえ、西郷は五卿の待遇改善の周旋を途次に図ることになった。

  

2018-08-05 20:49:28

町田 明広
@machi82175302
西郷は大宰府で五卿(三条実美ら)に謁見し、京都に戻り官位を回復することに尽力する旨述べ、その後、福岡藩主黒田斉溥、家老やこの間の五卿動座に尽力した月形洗蔵と早川勇の会談に及んでいる。ちょっと先走り過ぎた(^_^;) 

  

2018-08-05 20:50:09

町田 明広
@machi82175302
西郷のイトと結婚について、「小松帯刀が媒酌人」としているケースを見かけるが、当時小松は在京であったので、物理的に不可能である。

  

2018-08-05 20:50:53

町田 明広
@machi82175302
ここで、当時の中央政局の動向を見ておこう。元治元年(1864)に発生した政治的な重要課題として、9月1日に幕府から布告された参勤交代およびそれに伴う諸侯妻子在府の復旧政策 があった。

  

2018-08-05 20:54:09

町田 明広
@machi82175302
そもそも、文久2年(1862)閏8月、政治総裁職松平春嶽の主導の下、文久の改革の一環として、3年に1回の出府に緩和し、妻子の江戸居住制度を廃止していた。諸侯の経済的負担を軽減し、国許の武備充実を図り、挙国一致して外国に対峙することを企図した政策であった。

  

2018-08-05 20:54:29

町田 明広
@machi82175302
参勤交代・諸侯妻子在府の復旧は江戸在住の閣老によるもので、その背景には、禁門の変に対する過大評価があったことに他ならない。禁門の変によって朝敵とされた長州藩は将軍進発を喧伝すれば、戦わずして屈服するとの目論見が働いたことは容易に想像できよう。

  

2018-08-05 20:55:07

町田 明広
@machi82175302
その復古主義的な志向は、これら制度の復旧に止まらず、更に、文久3年8月に率兵上京して朝譴を受けていた老中各小笠原長行の宥免を朝廷に求めるに至った。この機を捉えて幕威の再浮上を企図したもので、中央政局の実相や西国諸藩の思惑を全く認識していない愚弄な政策転換であった。

  

2018-08-05 20:56:21

町田 明広
@machi82175302
このタイミングで将軍家進発がなされなかったことが、西国諸侯の幕府離れを加速し、一会桑勢力との関係も円滑さを失ってしまった。

  

2018-08-05 20:56:45

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