この記事は、
西郷どん 第31話「龍馬との約束」感想・実況の3ページ目です。

※これまでの感想・実況まとめは、コチラ → 西郷どん感想まとめ

坂本龍馬が桂小五郎に接近

薩長同盟の鍵を握っていたのは桂小五郎。逃亡生活を続けていた桂だったが藩から呼び戻されていた。
そこで、坂本龍馬は桂小五郎に接近していた。

龍馬「よう!桂さん」
桂 「久しぶりじゃな坂本君」
「桂さんが藩に戻る事ができてわしはまっことうれしいぜよ」

そう言って笑い合うと、龍馬は核心に迫った。

「今日はその祝いを持ってきたがじゃき」
「祝い?」
「桂さん」
「銃や大砲は要りませんかえ?」
「何?」
「軍艦は要りませんかえ?」
「要る!」

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桂小五郎は坂本龍馬の話に興味津々であった。

「幕府は長崎の商人らあに長州にだけは売ったらいかんゆう厳しいお触れを出しちゅう」
「けんど一つだけ手に入れるすべがあるぜよ」
「もったいぶらんではよ言え!」

龍馬は種明かしをした。

「わしは今、薩摩から船を借りて異国と商いをしようとしゆう」
「わしが買うてきた兵器をそのまま長州に売る事ができるがじゃき」
「薩摩の手を借りる…?」

「長州はわしが運んできた兵器を金を出して買うだけじゃき何の不都合がある?」
「薩摩だけは許せん!」
「つまらん意地を張ったらまっこと長州は幕府に滅ぼされてしまうぜよ。桂さん」
「薩摩を憎むがは勝手じゃけんど西郷さんまで憎んだらつまらんぜよ」

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竹元勇子(教授)
@yutakemoto
こうして坂本龍馬をどんどんイケメンで上書きして行って武田鉄矢なんかさっさと葬り去られたらいいと思いますねぇ

  

2018-08-19 20:31:44

ぬえ
@yosinotennin
人たらしの坂本龍馬っぷり、小栗旬さんが見事に演じているだけに、もう一癖ふた癖ある人物像で見たかった気はします。#西郷どん

  

2018-08-19 20:23:19

haruru*遊人庵庵主
@haruru_yujinan
前から思ってるんだが、小栗旬て、歴史上の誰にでもとりあえず見える、とゆうか見えてくるという妙な才能があるような。ある意味武田鉄矢とか竹中直人に近い。

  

2018-08-19 20:23:22

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龍馬からの手紙

吉之助は雨漏り修理をあらかた終えていた。
すると、糸は不安を口にした。

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「旦那さぁすぐに京へ行かれるのですか?」
「ああ」
「今度はいつお戻いにないもすか?」

「そいは…」
「帰ってこられもすか?」
「ああきっと帰ってくる」
「必ずですよ」
「旦那さぁがあまりに一生懸命あちこち直して回るのでそん背中を見ちょったら…」
「ん?」
「こん家や私たちに別れを言っちょっようで」

センチメンタルな会話から、夫婦生活が始まろうとしたその時、表から声がした。

「西郷殿!西郷吉之助殿はおられますろうか?」

土佐からの使者だった。

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「わしは土佐の中岡慎太郎いいます」
「西郷殿に急ぎ渡してほしいとこれを坂本から預かってきましたき」
「すんぐに長州に来て頂いたら桂小五郎殿にお引き合わせすると」
「桂殿に?」「はい」

坂本龍馬は機敏に動き、長州のキーマン・桂小五郎との席をセッティングしていたのだった。
吉之助はさっそく翌日には長州へ出立しようとしていた。ところが、そんな時、一蔵から文が届いたのだった。

「京の大久保様より火急の知らせにございもす」

吉之助は手紙を読んだ。

『ついに公方様が上洛された。そん上で諸藩を集めて軍議が開かれる。こんままでは明日にでも長州征伐の勅命が下されるやもしれん。吉之助さぁ直ちに京へ来て力を貸してもらいたか』

晴野未子🏯歴タレ(本アカ)
@3535haruno
中岡ァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!

  

2018-08-19 20:32:22

粒山 樹
@ishin_saigou
この時期の西郷家は、雨漏りどころか、甲突川の洪水で浸水しています。
西郷は小松宛ての書簡に、「弊屋すべて浸り、とんと難渋仕り候」と書いています。

  

2018-08-19 20:30:07

ぬえ
@yosinotennin
「あまりにもあちこち直して回るので、その背中を見ていたらこの家に、私たちに別れを告げているようで」
吉之助さぁが帰ってくるまで、なんで誰も直そうとしなかったんだ…男手あったやんけと思いつつ、糸どんと吉之助さぁの夫婦ぶりが佳き

  

2018-08-19 20:31:19

名前はまだ決まらない
@namaehamada_nai
もう愛妻家なのはわかってるよ。今8月第3週だよ?直虎なら政次が地獄へ堕ちろ小野但馬って言われてる段階だよ?

  

2018-08-19 20:32:03

粒山 樹
@ishin_saigou
昔からの通説では、このように大久保から至急上京を促す書簡が西郷のもとに届いた(しかし薩摩ではなく、豊後の佐賀関でのこと)とされていますが、該当するような西郷宛て大久保書簡は今のところ実在していません。

  

2018-08-19 20:35:45

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桂小五郎への手紙

一蔵からの文を読んだ吉之助は鶴丸城へと急いだ。

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大山「吉之助の名代で下関へ!?」
海江田「しかもあん桂小五郎と話をしろち?」

吉之助「2人には黙っちょったどんおいは今薩摩と長州の手を結ばせようちしちょっ」
「じゃっどんおいはのっぴきならん用があって今すぐ京へ行かねばならん。おはんらを見込んで頼んじょっ」

大山「吉之助…おはん正気か?」
吉之助「頼む。下関で坂本龍馬殿と桂殿がおいを待っちょっ」
「こん文を渡しておいの代わりに話をしてきてくいやい」
「断る」
「いや…いくらおはんの頼みでも長州は朝敵じゃ」
「そいに全て罠かもしれん」「罠ち?」
「下関に着いた途端殺さるっかもしれん」

吉之助と大山格之助が押し問答をしていると、海江田武次(有村俊斎)が手を挙げた。

「分かった!おいが行く」

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「こいを下関に届けたらよかとじゃな?」
「ほんのこっが俊斎どん。恩に着もす」
「任せてくいやい」

こうして、文を託した吉之助は長州征伐を阻止するため京へと向かった。

まとめ管理人
@1059kanri
しかし薩摩藩中の同士にすら一切根回ししていない西郷にどんな権限が有って薩長同盟を締結できるというのか #西郷どん

  

2018-08-19 20:40:36

坂本龍馬
@historical_per
あーあ、下関を通過するねや…
桂さんが激おこプンプン丸ねや…

  

2018-08-19 20:33:45

一二三
@nunonofuku123
1865年月表
1月28日西郷隆盛と糸婚姻
2月神戸海軍操練所廃止
3月西郷隆盛京へ
5月1日坂本龍馬と西郷隆盛薩摩に宿泊→亀山社中設立
21日下関で桂小五郎と西郷隆盛の会議を欠席
22日徳川家茂上洛
23日四侯会議崩壊→薩摩倒幕派へ
ちょっと順番が違う

  

2018-08-19 20:33:31

一二三
@nunonofuku123
西郷隆盛が京にいかねばならないのは
・兵庫開港で開港問題で薩摩が四侯会議として公武合体派最後の抵抗している
・将軍徳川家茂上洛で長州征伐勅許を一橋慶喜が出させようとしている
この二点で、京にいる島津久光を薩摩を公武合体派から倒幕派に変える必要性があった。

  

2018-08-19 20:37:56

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