この記事は、
西郷どん 第39話「父、西郷隆盛」感想・実況の4ページ目です。

※これまでの感想・実況まとめは、コチラ → 西郷どん感想まとめ

侍の次なる仕事

夜も更けると、信吾(従道)は吉之助(隆盛)と2人になった。

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「兄さぁ酒は?」「おいはもう飲まん」
「ほうか…」

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「信吾あいがとなぁ」「うん?」
「菊次郎のあんなに楽しそうな顔初めて見た」
「よか子じゃ」

吉之助が土産物の感謝を口にすると、信吾は嬉しそうに話しだした。

「兄さぁにも土産話があっとじゃ」
「ないな?」
「フランスにはポリスっちゅうもんがあっての」
「ポリス?」「町の治安を守る侍じゃ」

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吉之助は体勢を正し、真剣に聞く姿勢になった。

「おいは日本の治安を守るポリスを作りたかち思っちょっ」
「そいはよか」
「そいが出来れば侍たちに新しか仕事を与えるこっができる」


「兄さぁ」「うん?」
「おいと一緒に東京に来てくれもはんか」
「一蔵どんや岩倉様に頼まれたとか?」
「ああ…。じゃっどんおいは頼まれんでも来た」

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「おいは政は一蔵どんに任せた」
「おいは戊辰の戦で大勢を死なせてしもた」
「政をする資格はなか」

「兄さぁ聞いてくいやい」
「おいも戦は見たくなか」
「もう…十分じゃ」
「じゃっどんそいにはやっぱり戦わずして勝てるほどの強か軍が要る!」

「政府直属の軍じゃ」
「そいを兄さぁに作ってもらいたか」
「戊辰の戦の英雄西郷吉之助であればみんなついてくる」
「あれだけの犠牲を払ったんじゃ…あん者たちの命を無駄にせんでくいやんせ」

政治に参加することを避けてきた吉之助であったが、その表情から信念を変えるほどのインパクトがあったことが伺えた。

omame
@_omame_
従道になった錦戸くん、信吾とガラッと変わってた!佇まい、話し方、歳を重ねた男の顔つき。そして外国帰りのハイカラさ✨やっぱり凄い‼️
清さあも初々しくて可愛い❤️素敵な夫婦。二人のシーンもこれから楽しみ

  

2018-10-21 20:45:54

とも。
@tr_oy_mo
錦戸さんの戦はもういいって切なく苦しそうな顔を浮かべながらいうのほんとにうまい表情で目の動きで伝わる繊細で切ない演技見事すぎる

  

2018-10-21 20:40:34

嶽釜啓伸
@ht0129
西郷従道。のちの海軍大臣。彼がいなかったら日本海海戦の勝利は無かったかもしれない。。

  

2018-10-21 20:34:48

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菊次郎の願い

深夜、隆盛は糸に思いを告げることにした。

「糸、話がある」
「東京に行こうち思う」
「おいはこん国の仕組みを変えた」
「じゃっどん今そんことで困る人が大勢出てきちょっ」
「おいは変えてしもた責任を果たさんにゃならん」

すると、糸は反論した。

「菊次郎さぁを置いていかるっとですか?」
「そいはやめてくいやんせ」

「菊次郎さぁは旦那さぁがおられるからふんばることがでくっとです」
「そいに…愛加那さぁにも申し訳が立ちもはん」
「引き裂くようにあん子を大島から連れてきたのですよ」
「愛加那さぁの気持ちを思うと…」
「お願いじゃっでもうしばらく菊次郎さぁのそばにいてくいやんせ」

2人のやり取りを別室で布団に入った菊次郎は真剣に聞いていた。

翌朝、菊次郎は張り詰めた表情で父に言った。

「お話がありもす父上」
「父上…」
「何じゃ?」
「東京へ行ってくりしょり父上」

「おはん聞いちょったとな?」
「島の母からず~っと聞かされてきようたっど。お前の父上は偉い人ど。そいを誇りに思って生きらんばいかんどっち」
「菊次郎そん話じゃがな…」

菊次郎「自分のことより民が大事。そうでごわしたな?父上」

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「おいもいつか父上のようになりたか」
「民のために働きとうございもす」
「母上どうか父上の東京行き許してたもんせ」
「お願いしもす」「お願いしもす!」

「菊次郎さぁ…」

菊次郎はこの時、父・西郷隆盛を少しだけ理解できたような気がした。

mizzacco
@akimareko
西田敏行ナレがどーにも悲しげなのは、「父を結果的に死なせたのはこのとき自分がこう言っちゃったから」っていうのがあるんだろうか

  

2018-10-21 20:42:12

くろま
@kuroma_9
今回はナレの正体発覚からの思い出し語り→西郷家の面々と菊次郎が徐々に心を開いていく様がうまくハマってて面白かったんだけど脚本家の中の人変わった???

  

2018-10-21 20:45:16

かな ドラマ鑑賞アカ
@kanadorama
友の吉之助、部下の西郷吉之助、兄の吉之助、夫の吉之助、父の西郷隆盛。全部ちゃんとカードが揃ってるのに、政治家・軍人の西郷隆盛のカードだけがない。無いなら無いで勝てる手を組めば良かったのに、無いものをあるように勝負に出たのが、実に…実に痛恨で…!

  

2018-10-21 20:49:47

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西郷どん 第39話「父、西郷隆盛」感想

azukKi
@azukki_
今日の菊次郎回を初回に持ってくればよかったんじゃ?菊次郎が語る西郷どんならば、史実もろもろすっとばしてても無理ないし?

  

2018-10-21 20:50:06

あや
@ayamomo123
亮平どん西郷隆盛になってた!!
新しい着物も似合ってたよ٩(*´︶`*)۶
菊次郎はふみちゃん似。

  

2018-10-21 20:54:23

名前はまだ決まらない
@namaehamada_nai
今の西郷どんのようにさぁ、世間的にも家族の中でもずば抜けて偉くなっちゃって、嬉しい時でも若い日のように満面の笑みはもう見せなくて、感情とかを言葉にする機会も口数も減って、そういう偉いおじさんでも絶対一回は口に出してるものなんだよね、「うちのつんは世界一かわいい。」

  

2018-10-21 21:52:03

かな ドラマ鑑賞アカ
@kanadorama
今日からのOPの映像で、西郷と大久保の2人がすれ違うのは、高千穂峰の頂上手前「馬の背」と言われる場所。ご存知の向きも多いと思いますが、高千穂峰は天孫降臨伝説の山。その神が降り立った頂上へは未だ至らず、2人はすれ違うなんて…

  

2018-10-21 23:39:29

桐野作人
@kirinosakujin
昨日の大河ドラマ、地上波放映中、空の上だったので帰宅してから録画で観た。横山安武の諫死一件を取り上げていたのは唐突だったが驚いた。横山は鹿児島城下の春日町で生まれた。成育したのは同城下城ヶ谷だとされる。弟は森有礼(初代文部大臣)である。近くには五代友厚の生誕地もある。

  

2018-10-22 10:55:11

桐野作人
@kirinosakujin
承前)横山正太郎安武の諫死については、以前書いたことがあり、新刊拙著『さつま人国誌』幕末・明治編4(南日本新聞社)に収録。上京して「時弊十条」を認め諫死した理由は2つあるかなと思う。1つは国父久光五男悦之助の長州遊学に随行したとき、長州で勃発した諸隊反乱がきっかけ。

  

2018-10-22 10:55:46

桐野作人
@kirinosakujin
承前)横山は長州の異変を急ぎ帰国して、帰郷中の大久保一蔵に報告した。この一件が島津悦之助の輔導役という職責を忘れたとして久光の怒りを買い、辞表を提出した。その挫折感からか京都に上り、同郷の軍学者折田要蔵の家に寄宿した。折田は横山の養父で藩儒の横山安容の門下生。

  

2018-10-22 10:56:16

桐野作人
@kirinosakujin
承前)横山は折田の家で王陽明『伝習録』を読みふけったという。『伝習録』は陽明学のバイブルである。横山は知行合一を説く陽明学に傾倒していく。陽明学は何より実践を重視する。その後、東京田口文蔵の塾に入るが、滞在わずか20日余りで集議院での諫死という挙に出る。覚悟の行動か。

  

2018-10-22 10:56:35

桐野作人
@kirinosakujin
承前)横山の「時弊十条」で実名を挙げた批判対象になっているのは岩倉具視と徳大寺実則。また行政府のトップである輔相(岩倉と三条実美)以下官僚たちの奢侈と驕慢を批判している。明治3年(1870)7月26日早朝、横山は民間の建白書も受理する集議院前で割腹を遂げる。

  

2018-10-22 10:57:23

桐野作人
@kirinosakujin
承前)横山は割腹したが、しばらく息があった。仲間たちが懸命に治療したが、数時間後に絶命した。興味深いのは「別紙添書」で征韓論批判あり。「皇国の萎靡を嘆くあまりの感情的な憤激論で、大義名分がない」とする。横山の諫死を知った大久保利通も「忠志感ずべし」と日記に記した。

  

2018-10-22 10:57:48

桐野作人
@kirinosakujin
承前)西郷もまた顕彰の碑文を書いた。横山の官僚批判に共鳴したのだろう。横山の墓は薩摩藩の江戸菩提寺だった高輪大円寺にあったが、同寺は現在、杉並に移転したが、現在も健在である。その後、鹿児島の島津家菩提寺福昌寺跡の由緒墓地にも横山の墓があり、その横に西郷の顕彰碑あり。

  

2018-10-22 10:59:34

桐野作人
@kirinosakujin
承前)横山の諫死は各方面に衝撃を与えた。批判された当の政府からも祭祀料100両が贈られ、鹿児島藩知藩事(旧藩主)の島津忠義からも感状と祭祀料150両が贈られたほど。もっとも、鹿児島では「あまり評判がよくない。不似合いの挙だ」という批判もあった。

  

2018-10-22 11:00:08

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