この記事は、
西郷どん 第42話「両雄激突」感想・実況の2ページ目です。

※これまでの感想・実況まとめは、コチラ → 西郷どん感想まとめ

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井上馨「尾去沢銅山事件」

西郷が会議室へ入ると、
留守政府の主要メンバーが騒ぎ立てていた。

土佐と肥前の出身者が長州の井上馨を責める格好であった。

江藤「そこに全て書いとるばい」
後藤「井上さんこれは犯罪ですき!」

三条「おお~西郷参議!待ってましたんや!」
井上「西郷参議お助け下さい。江藤さんたちがあらぬ疑いを私に…」

「あらぬ疑い?」
大隈「西郷参議、井上さんは大蔵省の権威ば振りかざし私腹ば肥やそうとされておるとです」
板垣「山県さんに続いてまた長州じゃ!」
江藤「あらぬ疑いかどうかはこいばお読み頂ければ全て明白になりますと」

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江藤らが持ってきた書状には、
井上馨が秋田の銅山で行った不正が明かされていたのだ。

井上は必死で弁明を試みたが、西郷に問い詰められると観念した。

その結果、西郷は決断を下した。

西郷「井上さぁあなたはここを去らんといかん」

すると、三条実美が焦った。

三条「ちょちょちょ…西郷!井上まで辞めさせたら長州の者がおらんようになってしまう!」
小声で「いつから薩摩は土佐と肥前に肩入れするようになったんや?」

「いつまでそげなこつを言うておられる?」
「御一同よかでごわすか」
「もう使節団の帰りは待っておられん。こいよりは政府内を一新しおいたちは一枚岩となって政を推し進める」
「こい以上ないもせんのは民への裏切りじゃ」

そう言って、独断で留守政府を動かし始めた。
隆盛は後藤象二郎江藤新平大木喬任を新たに参議として加え、薩長主導に不満を抱いていた土佐と肥前をまとめあげたのだった。

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こうして、西郷率いる新政府は、徴兵制度をはじめ、学校教育制度、地租改正、鉄道や製糸場の開業。
さらには太陽暦の採用裁判所の設置など、後の世につながる大きな成果を上げていった。

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Watanabe
@nabe1975
明治期の長州閥に金銭絡みのスキャンダルが多かったのは、幕末に藩費で豪遊するなど金銭的なだらしなさを引きずっていたとか何とか。

  

2018-11-11 20:11:09

ブラキストン線の向こう側
@cupsoup2
政府の不正は難しい問題で、金を懐に入れる人が同時に有能だったりするんですよね。有能だからこそ、大きな金の動く所に回されるわけで #西郷どん

  

2018-11-11 20:11:02

一二三
@nunonofuku123
軍費を私的流用した山城屋事件山県有朋が近衛都督及び陸軍大輔を辞任(ただし、陸軍中将は辞めず)したとき、薩長のバランスとる為と近衛副都督という連帯責任で西郷隆盛は弟の西郷従道を近衛副都督から辞任させてる。だから西郷隆盛は従道に「迷惑かけた」と言う。

  

2018-11-11 20:08:47

一二三
@nunonofuku123
山県有朋も井上馨も不正で「役職」は辞めているが、新政府の軍人や役人としての身分は辞めていない。

  

2018-11-11 20:11:37

名無し整備兵
@seibihei
井上馨は、自分の財布と政府の財政の区別が本気でできていなかったという話も

  

2018-11-11 20:11:59

石田三成
@zibumitunari
絶対に不正を許さないマン江藤新平とかどう考えても周りから煙たがられそうだよな…。儂ならものすごくよく分かる。

  

2018-11-11 20:11:40

sato
@satokonbu
聞多から採掘権を差し押さえられた南部藩の御用商人が司法省に訴えて発覚したのが尾去沢鉱山事件

  

2018-11-11 20:17:29

こんでん
@hiroju55
井上薫が不正を疑われたのは秋田県鹿角市の尾去沢鉱山です。アンコールワットみたいな跡地があります(笑)

  

2018-11-11 20:12:38

一二三
@nunonofuku123
西郷隆盛の留守政府がやったことで今も続く大きな事は、明治5年(1872年)の12月3日を大晦日として、旧暦太陰歴と廃止し、欧米と同じ新暦太陽暦に変えた事。サマータイム導入どころじゃない大改革を留守政府行う。正月を「新春」と呼ぶのは旧暦の1月が新暦の2月の名残。

  

2018-11-11 20:14:36


@s_abagashira
太陽暦導入とともに、1ヶ月分の給料を払わずすますことに成功した留守政府 

  

2018-11-11 20:15:32

塩りん
@_tanshio_110
帰国組が留守政府を追い出したのは、あまりにも良い政策を行い過ぎて自分達の立場が無くなってしまうから無理矢理追い出した説な

  

2018-11-11 20:16:43

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宮中の火事

深夜、西郷が執務室で仕事をしていると、三条実美がお忍びで訪れた。

「三条様!こんな夜中にどうされました?」
「西郷ほんまにええのか?」
「岩倉たちがおらん間にこない勝手なことばっかりして」
「なんぼ帰りが遅れてるゆうても、今の政府の顔ぶれを見たら何を言われるか…」

西郷「御心配には及びません。こちらの働きは向こうに逐一知らせておりますゆえ」
三条「そやけどな…このところ夢にまで岩倉が出てきてろくに寝られへんのや…」

そんな会話をしていると、1人の男が慌てて駆け込んできた。

「大変でございます!きゅ…宮中より火の手が上がっております」
「何じゃち!?」

桐野利秋らが天皇の救出を行い、無事避難させた。
しかし、約3時間燃え続けた火事で宮殿は焼失。明治6年5月5日未明のことだった。

この消化活動に働いた西郷は、疲労困憊。
帰宅するなりぶっ倒れ、2日間寝たままだった。

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熊吉をはじめ、長屋の住人、
従道や小兵衛ら弟たちが西郷を心配そうに見つめていると、

西郷「うっ…!あ…」
熊吉「若さぁ!」

「ああっ西郷さんがお気付きだよ!」
「兄さぁ」

「若さぁ…。よかったよかった」
「熊吉っつぁん泣かないで。ほら」

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従道は吉之助に2日間寝続けていたことを教えた。さらに

従道「医者の見立てじゃと心の臓が弱っちょっち」
「毎日毎日根を詰めて働き過ぎじゃ。しばらくは動いたらいかんど」

「休んじょっ時じゃなか」

「もう46じゃ!父上が亡くなられた年と変わらんたっど。休んじょってくいやい」

そう言われると、おとなしく療養するより他なかった。

いが(たろに)
@iga_iganao
三条公が、お願い帰国して(´;ω;`)二人がいないと困るから帰国して(´;ω;`)と泣きついて来てるのに帰ってきやしない大久保・木戸というのは史実です

  

2018-11-11 20:09:19

一二三
@nunonofuku123
西郷隆盛は明治5年あたりが100キロ超えて一番太り陸軍なのに馬に乗れず、明治天皇が天皇侍医テオドール・ホフマンを派遣してダイエットさせた、犬の散歩運動や下剤飲ますなどもやるが、米や穀物を食べない糖質制限ダイエットも行い鹿児島戻る時には80キロまで痩せた。

  

2018-11-11 20:18:38

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