西郷どん 第46話の見どころ

この記事は、西郷どん 第46話の実況・感想まとめです。

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今回の西郷どんは、西南戦争の様子が描かれました。「ボウズヲシサツセヨ」中原尚雄の密偵事件を受け、私学校の生徒たちと政府の真意を問いただすため東京へ進軍した西郷隆盛。 西郷の動きを知った大久保は征討令を発します。 
賊軍認定された西郷軍。戦うことを選ぶも、田原坂の戦いなどを経て次第に劣勢に。「もはやこれまで」敗走するだけとなった西郷軍は、解散することになります。そして、薩摩を目指した隆盛は糸との再会を叶えますが・・・糸が発した言葉に視聴者からは多くの共感の声があがることとなりました。
敗軍の将となった西郷に糸がかけた言葉とは?そしてみなさんの反応は? 西郷どん 第46話の実況・感想まとめをご覧ください。

※これまでの感想・実況まとめは、コチラ → 西郷どん 感想まとめ

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西郷どん 第46話の実況と感想

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前回のあらすじ

私学校を設立し、穏やかな日々を過ごしていた西郷隆盛。一方、政府は廃刀令を施行するなど、士族の締付けを一層厳しくしていた。そのため各地では不平士族が反乱を起こし、不穏な空気が薩摩にも伝わっていた。

そんな中、ひとつの事件が起きた。政府の内偵として私学校に送り込まれた中原尚雄がリンチされたのだ。「ボウズヲシサツセヨ」中原の元へ届いた電信にはそう書かれていた。 

政府による西郷暗殺計画。私学校の生徒たちの不満は爆発寸前だった。 その結果、西郷らは政府のあり方を問いただすと、大挙して薩摩から東京へ向かうことになったのだった。

前回:西郷どん 第45話「西郷立つ」感想・実況『ボウズヲシサツセヨ』

賊軍の将となった西郷

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隆盛は士族の窮状を政府に訴えるため、私学校生徒1万3000人と共に一路東京を目指した。
これに政府首脳は大きな衝撃を受けた。

三条「大久保!ほんまなんか?西郷が兵を挙げたいうんは」
大久保「はい」
木戸「周りの連中が暴発しただけじゃないんか?まずはそれを確かめるべきじゃろうが!西郷君が陣頭に立っとるんかおらんのか」

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従道「兄が立ったのは間違いありません」
「しかし何故立ったのか理由は分かりません」

「ど…どないしますんや?岩倉はん」
岩倉「大久保」

大久保「三条様、岩倉様」
「天子様にお願い奉りたく存じます」

「西郷討伐の詔を…」

ヒノッチ
@hinocchi
ひぃ、西郷討伐の詔を天子様にお願いって、西郷自身が慶喜討伐の詔をお願いしたやつがブーメランやん!

  

2018-12-09 20:02:58

おごじょ
@hayato_musashi
「みんなで薩摩に帰ってくっとじゃ」
この一言が城山まで戻ってくる原動力になったのかもしれないなぁ
薩摩に帰る
桜島を眺める😢

  

2018-12-09 20:00:43

一二三
@nunonofuku123
桂小五郎改め木戸孝允は、1873明治6年の政変で征韓論は海外派兵は危険を理由に西郷隆盛ら政府から追放したのに明治7年5月台湾出兵を決めた政府に反対し参議を辞職。が、西郷隆盛らの鹿児島県が税金を収めず私学校で兵力持つことを旧態然と批判し西南戦争時討伐軍に志願するも政府は拒絶。

  

2018-12-09 20:00:54

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征討令

西郷軍は熊本城の手前、川尻までたどりついた。
すると・・・

菊次郎「父上!城から火の手が」

突如、熊本城天守から火の手が上がり
更に同刻、熊本城下各所でも火災が発生し、市街は一気に炎に包まれたのだった。

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血気盛んな薩摩の若者たちは事態を把握できない。

篠原「自ら火を放つちどういうつもりじゃ?」
小兵衛「熊本はおいたちを通さんつもりか」

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「あっちがそん気ならこっちも黙ってはおられん」
辺見「おう!所詮鎮台兵なんぞ、かかしが銃を持っただけのクソチンじゃ。おうクソチンじゃ」

そんな二才達を新八は叱り飛ばした。

「やかましかおはんら!おいたちから手を出してはいかんち言うちょっとが。おいたちの大目的は政府への尋問じゃ」

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しかし、この2日後

「夜襲じゃ!追え!」
熊吉「夜襲でございもす!」

西郷らは夜襲を仕掛けられたのだった。

桐野利秋は男を捕らえ西郷の元へ突き出した。

桐野「先生、夜襲はやっぱい鎮台の仕業でごわした」
西郷「よか。はなしてやれ」

西郷は男に尋ねた。

「熊本鎮台はおいたちを通さんつもりでごわすか?」
「わしたちが聞いとるんは西郷様とそのご一党は国家に弓引く賊軍ちゅうことやと」
久武「何じゃち!?」

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「城下のそこかしこに高札が立てられとります。鹿児島県暴徒に対し天子様が征討をお命じあそばされたっちゅう」
「天子様が…!」

政府から出された征討令は西郷軍を賊軍とし徹底抗戦するというものだった。これにより尋問のために上京するという名目は早々に崩され戦わずして熊本を通ることはできなくなったのだった。

Watanabe
@nabe1975
西郷軍が鹿児島を進発したのが2月15日だったのに対し、政府が征討の勅を発したのが2月19日。電信設備による情報伝達の迅速化が素早い対応に繋がった。

  

2018-12-09 20:03:49

☆るる加那☆
@rudopai_ruru
亮平さんの西郷さんの迫力たるや!!

  

2018-12-09 20:07:44

一二三
@nunonofuku123
木戸孝允は、征韓論を退けたのに台湾出兵した明治政府に反対して去っており、今は薩長などの幕末の志士で作られた新政府を選挙で選ばれた「議会」を作ろうと奔走。一方、大久保利通の内務局の強権や西郷隆盛ら鹿児島の租税拒否私兵批判しており、本当に公平に怒っている稀有な人。

  

2018-12-09 20:04:32

一二三
@nunonofuku123
西南戦争新政府側編成は、
トップが鹿児島県逆徒征討総督有栖川宮熾仁親王だが形式的で
陸軍現場トップが元長州藩士山縣有朋
海軍現場トップが元薩摩藩士川村純義
と薩長NO2を並立させてバランスとった。
特に川村純義は妻が西郷隆盛の母方の従兄弟であり関係深い

  

2018-12-09 20:05:52

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